押印の無い相続税申告書と期限後申告
※2016年1月配信当時の記事であり、
以後の税制改正等の内容は反映されませんのでご注意ください。
日本中央税理士法人の見田村元宣です。
今回は「押印の無い相続税申告書と期限後申告」ですが、
平成27年4月1日の裁決(全部取消し)をご紹介します。
まずは本裁決の概要です。
〇平成25年1月×日:被相続人が死亡
〇相続人:5人(妻E、長女F、長男G、次男の請求人、次女J)
〇平成25年10月27日:遺産分割協議が成立
〇平成25年11月12日:相続税の申告書提出(期限内申告)
→以下、「本件第一次申告書」という。
→次女J以外の押印はされていない
〇平成26年2月24日:請求人が相続税の申告書を提出
→本件第一次申告書とは別のもの(課税価格、税額は同一)
→請求人の署名、押印あり
→以下、「本件第二次申告書」という。
〇平成26年3月17日:無申告加算税の賦課決定処分
以下、国税不服審判所の判断です。
(1) 法令解釈
別紙(注:下記)の4のとおり、通則法第124条は、納税申告書には氏名を
記載し、押印しなければならない旨規定している。また、別紙の5及び6の
とおり、相続税法第27条及び相続税法施行令第7条は、相続により財産を
取得した二人以上の者が相続税の申告書を共同して提出する場合には、
共同申告書(共同して提出する申告書。以下同じ。)に各申告者が連署
すべきことを規定しているが、納税申告書である限り、この場合においても、
各申告者は、申告書に押印する必要がある。
しかし、共同申告書に署名した者又は記名された者に、通則法第124条第2項
に規定する押印がない場合においても、単なる押印漏れであることも
考えられるので、納税申告書としての他の要件を具備している限り、
押印がないことのみをもって納税申告書としての効力がないものとはいえず、
このような場合には、共同申告書が提出された時点において、当該共同
申告書が署名した者又は記名された者の申告の意思に基づいて提出された
ものと認められるか否かによって、申告書の効力を判断すべきである。
別紙
http://www.kfs.go.jp/service/JP/99/01/besshi.html
(2) 認定事実
請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、
以下の事実が認められる。
イ 本件共同相続人は、平成25年9月頃から週に1回程度の頻度で、長男宅に
全員が集まって本件遺産分割協議を行っており、本件遺産分割協議の成立に
至るまで特に大きな問題はなかった。
ロ 請求人は、相続税を納税するためには申告が必要であるという大まかな
知識を有しており、本件遺産分割協議時において、本件相続の開始から
10か月以内に納税しなければならないという認識を有していた。
ハ 本件相続に関する取りまとめをしていた長男は、本件遺産分割協議書
及び本件第一次申告書の作成を本件被相続人の知人(以下「本件知人」
という。)に依頼し、本件知人の指示に従って、本件相続に係る相続税の
申告に必要となる書類等を収集した。
なお、長男を除く本件共同相続人は、上記依頼について知っており、これに
異議を述べることはなく上記依頼を承諾していた。
ニ 本件第一次申告書は、本件遺産分割協議の内容に基づいて原処分庁への
提出用とその控用が作成されており、いずれも本件共同相続人の印鑑登録
証明書が添付された本件遺産分割協議書が一緒に綴られていた(以下、
印鑑登録証明書添付の本件遺産分割協議書が綴られた本件第一次申告書を
「本件第一次申告書等」という。)。
ホ 次女は、平成25年11月上旬頃、K郵便局において、定期貯金の相続に係る
手続を行う際、郵便局の職員に本件第一次申告書等を提示したところ、当該
職員から本件第一次申告書に押印するよう言われたため、本件第一次申告書
に押印した。もっとも、次女は、上記職員に言われるまま押印したため、
当該押印の意味を理解しておらず、押印したことを他の本件共同相続人に
伝えなかった。
ヘ 長女は、長男との話合いに基づいて本件第一次申告書等を提出すること
となり、平成25年11月12日に、本件第一次申告書等を原処分庁の受付窓口に
持参して提出した。そして、長女は、本件第一次申告書等を提出したことを
他の本件共同相続人に報告した。
なお、本件第一次申告書は、次女以外の本件共同相続人に係る「財産を取得
した人」欄の押印を欠いていた点を除き、通則法第124条第1項、相続税法
第27条及び相続税法施行規則第13条第1項各号により要求される記載事項が
全て記載されていた。
ト 請求人は、本件相続に係る相続税の納期限内である平成25年11月18日に、
本件第一次申告書に記載された納付すべき税額を、自己資金により全額納付
した。
チ 原処分庁所属の担当職員は、平成26年2月10日、長男に対し、本件第一次
申告書には請求人の押印がされておらず、本件相続に係る相続税の申告書が
提出されたことにはならない旨を説明して、本件相続に係る相続税の申告書を
改めて提出するよう依頼した。そして、長男から上記依頼について聞いた
請求人は、原処分庁に対し、本件第二次申告書を提出した。
(3) 請求人の答述及びその信用性
請求人は、当審判所に対し、本件相続に関する手続は、長男や長女がやって
くれていると思っており、本件第一次申告書の提出については、長女に任せて
いた旨答述するところ、かかる答述は、上記(2)のハ及びヘのとおり、本件
相続に関しては現に長男が取りまとめを行っていたこと、本件第一次申告書
の提出者についても長男及び長女の話合いに基づいて決めていることと
整合的であり、格別不自然な点もないことから信用することができる。
(4) 当てはめ
上記(1)のとおり、共同申告書に記名された者に押印がない場合、当該
共同申告書が提出された時点において、記名された者の申告の意思に基づいて
提出されたものと認められるか否かにより申告書の効力を判断すべきである
ところ、前記1の(2)のロ及び上記(2)のニのとおり、本件第一次申告書は、
有効に成立した本件遺産分割協議の内容に基づいて作成されたものであること、
上記(2)のハのとおり、本件第一次申告書は、長男の依頼により本件知人が
作成したもので、長男を除く本件共同相続人も当該依頼を認識しながら、
これに異議を述べず承諾していたことからすると、本件第一次申告書は、
本件遺産分割協議で成立した内容を基に本件共同相続人の総意により作成
されたものと認められる。そして、このような申告書は、最終的に税務署長
に提出するために作成されるのが通常であって、本件共同相続人についても
本件相続に係る相続税の申告を予定して本件第一次申告書を作成したとみる
のが相当である。また、上記(2)のヘのとおり、請求人は、本件第一次
申告書の提出自体には関与していないものの、上記(3)の請求人の答述に
よれば、長女に本件第一次申告書の提出を任せていたものと認められる。
これに加え、上記(2)のロ及びトのとおり、請求人は、納税するために申告
が必要であるという程度の認識を有しており、請求人が本件相続に係る
相続税を納期限内に全額納付したことなどの各事実を総合して考慮すれば、
本件第一次申告書は、請求人の申告の意思に基づいて提出されたものと
認めるのが相当である。
また、本件第一次申告書は、上記(2)のへのとおり、押印漏れを除いて、
通則法で規定する納税申告書及び相続税法で規定する相続税の申告書に記載
すべき必要な事項が全て記載されたものであり、本件共同相続人の納税申告書
としての要件を具備している。
なお、本件第一次申告書には、次女についてのみ押印がされているが、
上記(2)のホのとおり、次女は、郵便局の職員に言われるまま押印したに
すぎないのであるから、次女のみが押印していることをもって、本件第一次
申告書が、次女のみの相続税の申告書であり、請求人の申告の意思に基づいて
提出されたものではないということはできない。そして、請求人が本件
第二次申告書を提出した点についても、上記(2)のチのとおり、長男から
原処分庁所属の担当職員の依頼を聞いたことにより提出したものにすぎない
のであるから、これらの事実は、いずれも上記認定を妨げるものではない。
以上のとおり、本件第一次申告書は、請求人の申告の意思に基づいて提出
されたものと認めるのが相当であり、また、本件第一次申告書は、押印箇所
を除き、本件共同相続人の納税申告書としての要件を具備していることから、
本件第一次申告書に請求人の押印がないことについては、単なる押印漏れに
すぎず、本件第一次申告書の納税申告書としての効力には影響しないという
べきである。
したがって、本件第一次申告書は、通則法第17条に規定する請求人の
期限内申告書に該当する。
(5) 原処分庁の主張の当否
これに対し、原処分庁は、本件第一次申告書は、その書面等から、請求人の
申告の意思に基づいて提出されたものと判断することはできないと主張して
おり、結局のところ、同申告書に請求人の押印がなかったという形式面を
重視して、請求人の申告の意思を否定する趣旨と思われる。しかしながら、
本件第一次申告書に係る請求人の申告の意思の有無は、同申告書の記載内容
に加え、その作成経緯や原処分庁への提出状況及び納税の状況等を総合的に
考慮して、実質的に判断すべきであることから、原処分庁の主張には理由が
ない。
いかがでしょうか?
全く同一の事例はあまり無いかもしれませんが、上記の「法令解釈」を
覚えておくことは重要です。
相続税の申告書は必ず相続人全員の押印がある状態で提出される訳では
ありませんので、本裁決の考え方を忘れないようにしてください。