調査官の説得力
芸能人の脱税に関するニュース。
本人のコメントで必ず登場するのが、
「税務署との見解の相違があった」
そして「既に、自ら税務署へ修正申告を済ませ納付しました」です。
税務調査で申告漏れがあった場合、納税者に修正申告書の提出を勧めます。これを「修正申告の慫慂(しょうよう)」と言います。
馴染みのない言葉のなので、知らない方がほとんどでしょうね。
申告に誤りがあれば、税務署が強制的に更正すればいいものを、
なぜそうしないのか?
ひとつに強制的に更正すれば、納税者は反発し異議申立てに
発展するかもしれません。そうなれば非常に厄介なことになります。
また無理に追徴課税を実施すれば、税金を払えず未納者が増え
徴収部門は対応しきれなくなるでしょう。
ですから納税者に間違いを認めさせ、自主的に申告を修正する
方向へ調査官が説得しなければならないのです。
「調査官はいつも理不尽で無理難題を言う」と思われがちですが
火に油を注いでばかりでは話がまとまらなくなってしまいます。
これは私が調査に立ち会ったある医師の話です。
自宅から職場まで5分という立地にありながら
高級外車で通勤し、それを経費として計上してきました。
「これは認められません」と頭ごなしに言っても
簡単に納得できるわけはありません。
『否認』するだけの相手を納得させる根拠を提示しなけばなりません。
まずは外へ往診にいく必要がないのに、なぜ車は必要なのか?
高級外車である必要性があるのかどうか?という点です。
「外車がダメなら国産車はありなのか?」と納税者もなかなか納得しません。
そこで何度も自宅からオフィスまでの距離を測り
自動車の購入時期から計測された自動車メーターと調査の数値を比較。
明らかに通勤以外に利用している頻度が高いことを立証しました。
最終的には納税者に納得してもらい、修正申告に応じて頂きました。
調査官はこのように地味な作業を繰り返しながら
納税者を説得しています。
税務署の説明に納得がいかなければ、修正申告しない手もあります。
その場合は、当然ですが税務署の方で更正処分をしてきます。
この修正と更正の割合ですが、修正申告の比率は全体の9割以上です。一年間に税務署で更正する件数は、何件もありません。
税務署が修正申告にこだわっているのは、修正申告を受領してしまえば、その後「異議申立て」や不服審判所に「審査請求」ができなくなるからです。
また、修正申告ではなく更正となれば、青色申告者の場合には
更正した理由を付記し納税者に通知しなければならず手間もかかります。
一から税務調査をやり直すことにもなります。
ゆえに「修正申告の慫慂(しょうよう)」で決着したいのです。
勘違いをして頂きたくないのが、国税局にこれは当てはまりません。
例えば、東京国税局調査部では、安易な慫慂を防止するため
一定のルールを設け、修正申告が慫慂できる事案を限定しています。
この結果、同部の慫慂処理は全体のわずか3割足らずです。
知らずに「更正でも何でもどうぞ!」と強気に出ると痛い目に逢いますので。
『増差所得』や『重加算税』を取ることも課題ではありますが
納税者が納得してスムーズに税金を納めてもらうことも大切です。
“脱税を見つけるスキル”と”納税者を説得するスキル”
両方のスキルを持ち合わせていなと調査官は務まりません。
※2010年4月当時の記事であり、
以後の税制改正等の内容は反映されませんので
ご注意ください。
また、ブログの内容等に関する質問は、
一切受け付けておりませんのでご留意ください。